世界が狭くなる
昔一度だけ読んだ『人狼日誌』を、はるか昔の、Windows95の時代のIGのHPを見つけて読んだ。
現行HPでは(コンプライアンスの問題からか)削除されてしまっているからね。
堀川さんの、レジェンド原画マンたちの間を飄々と原画を回収して回る様を見て、あんな風に文章を書きたいものだ、と思った。どれだけ追い詰められた状況でも、とりあえずユーモアは残したいね。
状況は好転しなくても、好転する確率は随分変わる。
残っていた動画作業を片付けて、夕方くらいから時間が空いたのでずっと絵を描いていた。
罪悪感がすごい。
どうやら僕は、あの席に座りながら仕事をしないということが許せないのだろう。
周囲は淡々と筆を動かして、その音に心が押しつぶされて行く。
これではいけない、こんなメンタル弱くって
あの原画ブースというジャングルに放り出されても、何もやっていけないぞ
自分の意志をしっかりと持つんだ
と、思いながらも、自分の絵を描いてすっかりナイーブになってしまった僕の心は、また安易な快楽を欲しがってしまう。
他者との会話が信じられなくなる。世界が狭くなる。どこにも居場所がないように感じる。
検分検分、自らの心の。
まずは行動と思考のペースを、感情のペースにまで落としてみようか。
その上で、なるべくダメージを受けないよう振る舞おう。
1時間ほど鳥貴族で飲んで出た結論
「誰にも関わりたくないというやり方で、世間と関わろう」
一見矛盾しているように見えるけど、真理をついている、と
酔った頭でほくそ笑む。
コミケ童貞早く捨てたい
久しぶりに日記を書く、何日ぶりだ。
とりたてて何も起こらないし、起こったとしても頭の中だけで解決できてしまう毎日。
最近、人と相談し協力し合うことができるようになり、自分の頭の中だけで考えた出来事がいかに一面的で狭量な世界なのかということが(他人という壁にぶち当てて帰ってくる反応を見て)わかるようになった。
しかし前から感じていた外の境に存在する矛盾は相変わらずそのままの形で残っていて、むしろ時間が経って濃縮され、よりタチが悪くなったような気がする。
LOを描いて監督に見せている。
そんなに自分の仕事が大変なのなら勝手に俺は好きなようにやらせてもらいますよ〜って感じ。
頭の中で頭の中で。色々と理屈をこねくり回し、大局的に見ると実に良い方は進んでいくような気がする。
一つ起きていた問題が、なんとか片付いたような気がする。
誰が悪いんだろう?
夢のような大きな、あまりに生活のレヴェルと乖離したお題目を掲げる体制側の人間だろうか
そうに違いない。
なぜ僕はLOを描いて見せてるのに動画の仕事をこんなにたくさん取っているのだろう。
目の前の仕事もちゃんとやると自分で決めたからだし、全て後輩に任せるより多少自分が介入した方がスピーディに回せるような気がするからだし、無能になりたくないからだし、つまるところ、ものが回ってこない動画検査の仕事をしながら、有り余った時間でずっと落書きをしているとだんだん気が滅入ってきて、後輩へのアドヴァイスに自信が持てなくなってしまうからだ。ひいてはそれは自分の今いる足元をおろそかにすることで、自身の喪失へと繋がるからだ。
現場をうまく回すにはどうすればいいかということばかりを考えている。自分より上のセクションに対しても。その上で、自分の役職が上がって、もっと自由に振る舞えるようになった時に、どのように振る舞えば正しい(周りの環境と自分の欲望に照らして最大利益をもたらせる)のかを頭の中で試行している。
こんなことばかり考えていては、肝心の絵を描く時間が取れないぞ、と思いながらも、心のもう反対側は、自分だけが絵が上手くなっても意味がないのだ、所詮俺にフリーなんて肉食系の人々が集うハードなサバンナは性に合ってないのだから、よいアニメはみんなで作るもんです、◯◯さんもそう言ってたデショ?と、逸る心を説き伏せるのに忙しい。
しかしまずは自分のことを考えねばならないのではないのか?
なぜそんなに他人や周囲が孤立して上手くいってないところに介入して、手助けをしてやる必要がある?
なぜそんな面倒なことを俺はしたがっているのだろうか?
誰かがまた体調不良で休む旨ののメールを送る。それが毎日続く。いちど同じ話数でかち合った人ならば尚更、なんだか死にたいような辛い気分になる。こんだけたくさんの仕事を営業してくる◯◯や◯◯◯や◯◯に対して暴言を吐きたくなる。なぁ〜にがアニメ産業は2兆円規模だ?俺らの生活の延長線上に、そんな数字は全く影響を落とさない。せいぜいが右上の棚に積まれていくカット袋の数が増えていくのと、
人もいないのに強硬策で作った結果の上がりの酷さに落胆することが多くなるだけだ。
おれはただ単に絵を描きたかっただけなのだ。
どうしようもない自意識を持て余していたから、この多様な社会のあり方の中で、ここでならそのどうしようもなさを抑圧せず、お金までもらえるからやってきただけなのだ。経営とか動画マンのマネジメント なんぞ予定には入っていない。上長はハイパー人間だけが集う会議で覚えた意味がうまく頭に入ってこない横文字言葉や経営概念をかたり、黙々と単純作業に勤しむ後輩たちは疲弊した頭ではそれを理解できない。
いや待てよ、何も片付いていないぞ?
問題だらけじゃないか?
たつき監督の降板騒動とか、ワンパンマンの製作がJCに変わっただとか、され竜の穴埋めに中ニ病が入るだとか、
なんかそんな感じの変さは確実におれ個人へと近づいてきている。
明日は遅めに入ろう。
昨日残っちゃったし
LOかこ。
魂を売らないように気をつけよう。
あと、話は変わるんだけど、
コミケ童貞早く捨てたい。
そんな日は続く
というか、だ。というか
明日は帰ろう。なんもいいことない。
本当は帰りたかったんだろう?好意に甘えてしまったが、それは別に甘える必要のない好意だったんだ。
帰って一人で絵を描いた方が、どれほど良かったか。
外の意味でも、内の意味でも。
どうでもいいことを話し、オチのない話をグダグダと話し、11時頃に電車に乗る生活を一週間続けている。
この急激な生活の変化が、僕の心に波紋を投げかけて、混乱させている。
本当な何がしたいんだろう?何をすべきなんだろうか。
願わくば、話したいことをちゃんと話したいと思う。
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欲望ってすごい
次回から自戒
例のカップヌードルのCMから推測される男の堕落した特徴について
魔女宅のキキが17歳になったらというifCMがtwitter見てたら流れてきた。キラキラした背景にとても新海誠的意図を感じる。
キャラデに関しては何もいうまい。生々しい感じ、これはこれでありだ。一瞬センコロールの人かと思ったがな。
スタジオどこなんだろう。
まあなんだか、大衆向けアニメとしてはとても良いものなんだと思うよ。君の名と同じ世代、若者一般に向けてのアニメとしては100点なんだろうね。
しかしだ、これを見た時に感じる、きれいだな、なつかしいね、の感想の底に漂う漠然とした違和感、不安感、
この正体はなんだろう、と少し考えてすぐ、最悪の結論に思い至る。
そうか、かつて13歳でまだ幼かったキキが、17歳になり自分で考えて行動するようになったことが怖いんだ。俺の手を離れてどこかへ行ってしまうのが怖いんだ。
誰かの庇護を必要とするキキのままでいて欲しいんだ。もうおれが制御できるような年齢じゃなくなってしまうのが怖いんだ。
なんだそりゃ。と笑ってから、また俺は俺の自意識を誰かに依存させてかりそめの安息を手に入れていたことに気づいてわりとへこむ。
もうしないって自分で決めたじゃないか。
13歳の少女は自分でコントロールできるから安心してそのあどけなさ幼さを享受できるなんて考え狂ってるぞ。
相手だって同じ人間なんだ、自分の行動くらい、自分で考えて決めるだろ。
そんな考えしてっから他人との関係がおかしくなるんじゃあないのか?
男は何かに精神を仮託しとかないと不安で仕方のない生き物なんじゃないだろうか。
と、最近思った次第です。