歩道に柿が落ちていた。

もう10月になったのだ。

昼間にタバコを吸いに屋上に出た時に感じた暑さはなんだったのだ?

昨日は頭が痛かったから熱いシャワーを浴びてスッキリしてから死ぬほど寝て、変な夢を見て、翌朝自然と目覚めて最近夜気味で狂っていた体のリズムを戻すべく朝日を浴びようとベランダに出てタバコを吸う。じりじりと日光が肌を刺してくる。あれ、夏だっけ?

体の疲れがどうにも取れない。虚しさは日に日に埋まりつつあるのだが、理性を保てない(ほど疲れたり体調が悪かったりした)時なんかはふいに決壊しそうになって、ああやっぱり俺の本質はここにあって、これを解決しなきゃならないんだなとそのたびに残念に思う。

すっげーもう、責任とか社会人的ペルソナを放り投げて思うままにしたいという欲望は、なんとか理性の仮面をかけてましにはなったけれど、これをさてどうしよう、日々の生活の中でどこに発散の場を組み込んでいくべきなんだろう?

明日休みてえなあ。

新潮の9月号を会社の前の駅の図書館(にしか置いていない)で降りて借りてきて、舞城王太郎の「Would You Please Just Stop Making Sense?」を読む。

イットフォローズは俺も好きだよ、舞城とはやっぱ趣味嗜好が合うね。

それはホラー映画の形式を借りた純文学で、切実なものを抽象的に描いてんだろうね。

そういえば舞城も同じジャンルの人だね。

 

円城塔の「闘字」も載っていた、偶然。行きの電車の中で読んでしまう。

おもしろいなあ。でもこれは空想に耽溺しての逃避行動だというのもわかっている。

やっぱり意識しつづけるのは苦手なんだよ。行動とか、結果とか責任とか、因果関係だとか、よく狂わずに生きていけますね?

チェックやら確認やらもううざい!!好きにさせろ!!

これも○○さんが休んでいることが原因なのだろうか?とも思う。

あの人によって制御されていた自分の内にある破滅的な衝動を、すべて自分でなんとかしないといけないって状況により生み出された苦悩、とは考えられることだ。

(要するに、宮崎駿、をコントロールする鈴木敏夫、が一人の人間の中にいないといけないわけで...zzz)