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昨日の夢

動画監査の人が血の滲むような修正をして、実際にその人の肘の下に血が滲んで後が付いていて、色々忠告をされたけどよくわからない。誰かに呼び出されて会社から急いで帰る途中、駅でその人と先輩に会う。またうだうだした会話。やっと帰ろうとした後今日のお礼を言い忘れて戻るも、誰かと話していて話しかけづらい。衝立に隠れ機を伺って出て行くと、ちょうど見えない位置に移動されている。気づいていて避けられてるんじゃないかしら。諦めて帰ろうとする。最寄りの路線を探すのにボードを見ながら駅の外にかけ出ると、いつの間にか履いていた靴がなくて、俺はこんなことばっかりだとか思う。仕方なく靴下のまま外を走っていると、チャリンコに乗った大学の同じクラスの女子に出会い、青い靴あったんだけど君のじゃない?時かれ、探してたんだよ〜と中を見ると、ヒール。しかもそんなに青ないし!むしろ黒っぽいそれを見ながら、これちゃうわ〜というとやっぱりかという反応。

帰り道、この坂を越えたら最寄りの町だっていう坂がなぜかこの街で一番高いことになっている。両手も使いながら登ると最後の3軒、民家の中に道がある。1軒目は空き家、犬がいたのは知らなかったので、頭がのぞいて情けない声をあげる。2軒目も空き家。3軒目、汚いが人が住んでいるようだが、通るたびいつも誰もいない。最後の部屋のドアを抜けようと狭い廊下を歩いていると、横の木窓からグラサンとメットをつけたバイクで信号待ちしてる人の頭が覗く。一瞬びっくりするが黙ってそのままガチャガチャ!と扉を開けようとしてると泥棒だと思ったそいつが声をかけてくる。

ちゃうわ、通りたいだけじゃ!

暴言の応酬をしながら、逃げ切って仕舞えば勝ちとばかりにその部屋を通り抜けようとするも、なんだか急に小さくなり、腰が引っかかって通り抜けられない。部屋の向かいにドアがあり、出口がもう見えている。しかし、あそこまでたどり着かない。どんどん気が焦ってくる。そのうちに男がナイフを取り出したので慌ててバンッ!と木窓を閉める。ボロいので、隙間からナイフがのぞいているが、そうして時間を稼いでいる間に横の通路から外に出て、細くて高いところにある道を通って逃げると横でまだ気づいていない男が窓を叩きながら大声で叫んでる、その横を通って逃げる、そんな夢。

 そうか、わかりました。ワタシわかりました。

絵を描いたら自分本院あって他人を不幸にする、とか、考える必要ないんだ。

現に今、絵もかけるし、べつに自分の世界で閉じこもって、二進も三進もいかなくなってないじゃないか。

大切なのは、絵描きとしてのこの共通の感覚、共通語を感じているかどうかなんだ。

それをなくして、ただ普段の会話だけに気を使っていても、本当のところ何も話せない。

絵を描きたい、絵を描く喜び、そして、その感覚を共有できる仲間、

これと同じことを、相手も考えていると思えるかどうかなんだ。

 

 

朝帰りして、モーニングセットを食べるために近くのジョナサンに入ると、席でなかなかイケてる感じのお兄さんが眠っていた。この人がとても巧いアニメーターをやっていて、一人で仕事を回していて、家庭も生活もあると考えてみると、それはとても良いことのように思った。

 

座った席に新聞が置いてあり、注文したものが出てくるまでの間、なんとなく眺めている。大学教授がトランプ政権について書いたコラムが載っている。

グローバル化とは、市場経済が国境を超えた状態で、それは保護主義と対立する。西欧は昔からその対立を緩和させるやり方を模索してきた…

柔軟な保護政策は、さらにグローバル化を進めるのにも役立つとのこと。

でも、そこまで前へ前へ進まなきゃならんもんだろうか。

今の僕の望みは、周りの人と緩やかな人間関係を築きつつ、自分の欲望を納めるための創作行為をし続けながら人生を送りたい。

競争や目標など無意味なのだ。

 

長い長い動画、🅰セルだけで60枚もある動画を割っている最中に、差し迫ったことを色々と考えた。全部終わって思い出そうとしてみるけど、頭の中から綺麗に消え去っている。

いや、通り過ぎて行ったと言うべきか。

 

自立したいなあと思う。いや、自立したくないのか?

変化したいなあと思う。いや、変わりたくないのか?

 

 

昔の方の高校教師というドラマを作業中によく見ている、濃密で穏やかなテンポで進む人間関係がとても心地良い。

 

トップアニメーターの人が、社内に上手い人がいなくてつまらないって言ってた話を聞いてへこむ。

俺はどうなんだろう?

 

というか上手くなりたいんだろうか?

 

 

自分の仕事をきっちり終わらせることで、マイタイムを確保しようとする試みは、その基準値ラインである最低限の仕事量をやっとこなすだけで、へとへとになって毎日帰路につく。

 

そうして俺の創造性は日に日に目減りしてゆく。

 

 

希望がないとまでは言わないが、その色はまだ燻んだ東雲色をしていて、

きっともうすぐ日が昇るんだろうな、実際。

 

 

最近そんな感じですわ。

どうなんでしょうな。

 

 

 

 

空想的マキャベリズム

家に帰るともう10時だ。

 

 

明日早起きしようと思って早めに寝ると、絵を描いていないから体調が悪くなる。

 

そう思って3時ごろまで絵を描いてから寝たら寝不足で体調が悪くなる。

 

てことで結局は休日のリズム=十分に寝て、十分に絵を描いた後、会社へ行くのが

最も良いコンディションになることがわかった。

 

でも、そうなると、やっぱり外へ出るのは一日置きというのが最も良いリズムになる。

学生の頃とか不思議じゃなかった?どういうワケで皆毎日学校へ通えるのか。

 

 

今日会った悲しみや嬉しさ等、様々な正や負の感情的反応を咀嚼して反芻して、気分を鎮めて、新たに何かやろうという気になるまで、24時間ほどの冷却期間は必要だろう?

 

 

わかったから折衷案的に中間地点を取り続けることで、だんだん想像が現実にソフトラーンディングしていく。

 

 

どれだけヒドくてもっと他人を思いやるべきだと思っていたことでも、自分で面倒見切れないほどの負荷ならば、きっぱり捨て去って自己利益を優先するのになんの問題がある?

 

 

それでも、やっぱりそれは罪深いことなのだ。

しかし、その罪深さを感じながら一方で平気な顔してられる何も分かってないあいつららみたいにはなりたくない!

 

矛盾から何かしらの創造的行為は生まれるのです。

 何か生み出せると良いね。ほんとに。

 

4時40分になってもまだ起きている。

 

こないだ松紳で、紳助が夜テレビつけて明るくして寝るのは、そうしないとなにかわるいことを考えてしまうからだと喋っていて共感する。

 

ガキ使の松本と浜田のトークに毎回笑う。

 

矢島美容室とんねるずだということを最近知りやっぱとんねるずは嫌いだなと思う。

 

隣の家の少女の映画化は失敗だなと思う。

 

 

ジムノペディに乱れてという板尾創路主演のロマンポルノ映画を知りdmm.comでDLする。

 

 

 

誰もいない真暗な部屋で横たわり誰かを抱きしめたいと切実に思いながら布団にくるまる。

 

 

 

依存している安心感から抜け出せなくて狂おしい気持ちになる。

 

 

憂鬱が収まると退屈が始まり、

予測できる明日に苛立たしくなる。

 

 

自分のことを自分で決められるようになりたいと思った。

 

こんなに仕事を詰め込んで、一体俺はどうする気だろう。

自分のためにやっているということは確かだ。

現場をうまく回したいという苛立ちも確かにあるが、

何か具体的なものを掴めそうな気がしてならない。

 

何も役割がなくなれば、突然にやってくる虚脱感、喪失感の類。

それがあるから、こんなに仕事を詰め込むのだとも言えなくもないが、

やはりそれは理由の一つでしかなく、根本的に解決したいという願いから

仕事をしているのだと思った。

何もしないということをしたい

端的に言って何もしたくない。本当に何もしたくない。

仕事一本終わらせたし、いいだろ別に。

先日から感じている喪失感は未解決のまま、今も私の胸の内でくすぶり続け、

うまくやりくりしながら日々を送っている昨今。

呆然とできる場所へ行きたい、と思い、唐突に上野公園のことを思い出す。

仕事終わったら行こう、という希望を心の支えにその日をやり過ごすが、そんな時間に終わるはずもない毎日。

 

最近ぼーっとしていることが多い。これもまた、仕事が快調に回り始め、以前感じていた憂鬱感が軽減されたせいだろう、と思い、そんな分析すらも馬鹿らしくなる。

そんな小賢しい自分の心の検分とかが、日々の情緒や生活を矮小にまとめ上げ、精神を貧しくしていくのではないかと思う。

 

ゆめくりの博さん上手いなぁ、こんな漫画があったんだ。白浜鴎さん上手いなあ、絵ってこんな風に描くんだ.....

自分にとっての良いものに耽溺して微睡みながら、理性も秩序もない混沌とした休日を送りたいもんだと思う。

モラルを破壊するのはとても気持ちがいい。(と書くこともまた一つの自分の中でのモラル破壊であるとても気持ちがいい。)だから人はけものフレンズを見て退行して遊ぶのだし俺だって例外なくその一人だ。責任なんて取りたくないしメンド臭い会話なんてしたくない。それが自身で自由にコントロールできない強大な恐怖感から強要されるモラルならなばなおさら。

 

とりあえず今日も自宅へ生還できた、ああ疲れたなあ。

家に入って独り言が多くなり、外にいた時は「ふつうの社会人」になるためにどれほど緊張していたかがわかる。変になり方が頭の中でわかっている分、本当にしたいことを抑圧させているストレスにいつも晒される。

一人の時間ってほんと最高。本当に楽しいし楽だ。

でも一人の時間ばかりってのも嫌だ。大事なのは、両者のバランスなのだ。

生活のリズムをだんだん変えればいいんだよ、と、賢しい頭の一部分が、具体的な解決案を提示しようとしてくるけれど、

今はそんな心底くだらないことより、共感してくれる誰かが欲しい。

 

お、何か終わり方「女生徒」っぽい?

 

 

道満晴明の「オッドマン11」と、高橋葉介の「Uボートレディ」今日TSUTAYAで見かけた。欲しい。

「健康で文化的な最低限度の生活」読みたい。

 

男性オタクたちの女性への欲望が萌えキャラと化してそれがだんだん一般化されて女性にも受け入れら「れる(自発)」様になった昨今、女性オタクたちの男性への欲望も一般化して男性に受け入れら「れる(可能)」んじゃないだろーか

新しい時代の男性キャラを生み出せる可能性を妄想する。

女キャラ主人公の漫画多すぎじゃ?

俺が選り好みしてるだけかもしれんけどな。

でも問題は「そういう漫画を読む奴が」好む男性キャラが、なかなかいないってことなんだよ。